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pinch kicker

2
古い一枚板の看板に“爆熱苑”の煤けた文字が浮かぶ。
朱のドアを押し開けて中に入ると、狭い店の座敷の隅の衝立の向こうで背を向けて座り、大人しくスマホをいじっている一人の客が目に入った。

水色のパーカーのフードを被っているが、長めの袖から覗いた白い指先を、横から見てすぐに吹雪だとわかる。

「待たせたな」

「―――!?」
テーブルを挟んだ向かい側に回り込み、堀ごたつに座る俺を見る吹雪の表情があからさまに固まった。

「ごっ………」

「久しぶりだな」

俺は何か威嚇でもしただろうか?
いや、むしろ微笑みかけたつもりだったのに、吹雪は腰を抜かしたように、恐れおののいて後ずさる。

「ま、待っ………て、場所変えよっ」
「……ここで十分だ。飲もう」

「ダメだよ」
「おい、何してる」
「とりあえず個室のある店予約する……叙々苑でいいかな?」
「バカ、止せ」

俺は待ち合わせの店に難癖つけるような気難しい男に見えるのか?とにかく円堂とは良くて俺がダメというのは納得行かない。

「…………君がいいなら、いいけど」
睨みつける俺を横目でチラリと窺って、吹雪は耳にあてていた携帯電話をポケットに戻した。

「ひとまず座れ。生でいいか?」
「な……っ……」

今度は何故か真っ赤になって狼狽えはじめる吹雪。

「これと同じのでいいな?」

テーブルの上で無くなりかけている中ジョッキを示して言い直すと、吹雪は赤くなったままこくこくと頷いた。

店内を忙しく駆け回るたった一人のホール係に声をかけ、中ジョッキと、ひとまず数品注文する。

「あの、チョレギサラダも……」と、横から吹雪が控えめに付け加えた。

思えば、俺は吹雪の焼肉メニューの好みすら何一つ知らない。


「ホルモン系もいけるのか?」
「うん、好きだよ。あとここは骨付きカルビが美味しいんだ」

少し肩を落とし気味に小声で話す吹雪は、いつの間にかフードを取っている。
剥き出しの電球の眩しい灯りに照らされたくせ毛風の髪も、今日は何だかしおらしくしんなりとして見えた。

飛び退く勢いで驚かれるほど久しぶりというわけでもなかった。
吹雪の属するチームは現在J2で対戦はないが、代表戦ではチームメイトだし、学生時代の友人と皆で会うときにも顔を合わせてる。

「チームの調子、かなりいいな」

「……そっちこそ」

「来季はJ1のゲームで札幌を沸かせような」

「……そうだね!」

まともに合わせてくれなかった吹雪の目が初めて輝いて、俺を見た。
故郷のJ2チームに迷わず入団した吹雪は、三年目にしてチームを1位にのしあげた押しも押されぬ功労者だった。

「も〜びっくりしたぁ……円堂くんが“かわりにお前も仲いい友達が行く”って言うから僕、てっきり風丸くんあたりかと………あ……」

俺の眉間に深い皺が寄ってるのを見て、吹雪が口をつぐむ。

「ごめん。あの、君が友達じゃないって言ってる訳じゃなくて……」
「わかってる」

ジョッキの中身が減るにつれ、ほどけて饒舌になっていく吹雪を止めたくなかったから、細かい追及はやめておく。
今こうやって吹雪を独り占めしている時間を、和やかなまま楽しんでいたい――――。

「……どう……したの」

不意に頬を撫でるように手で触れた俺に、吹雪が問う。

「ここ……睫毛がついてるぞ」

親指でそっと払った肌の滑らかさに、何ともいえない気持ちが込み上げる。

「真っ赤だな。酔ったのか?」

「ううん、大丈夫……顔赤くなるけど酔わないんだ。もっと飲もーよ」

「………ああ」

身構えてない吹雪に会えたのは本当に久しぶりな気がして、素直に嬉しい。

「ここね、店の名前……」

「……?」

「いつか通り掛かった時……豪炎寺くんの技を思い出すね、って円堂くんと入ってみたらびっくりする美味しくてさ。しかもなかなか安いんだ」

見つめすぎか……と思うくらい、俺は吹雪を見つめながら話をきいていた。
ころころ変わる表情も、鼻にかかった柔らかい声も……笑顔も……俺の無自覚な心の渇きまで、不思議と潤されていくようで……。


あっというまに日付が変わる時間になっていた。

「ん〜〜〜きもちい〜〜ず〜っとこのままがいな………」
「お前、誰の背中にいるかわかって言ってるんだろうな?」

「……うふふ、ごーえんじくんでしょ?」

肩の後ろに頬をすりよせられるたび、妙なゾクゾク感が背中を走る帰り道。
赤くなるけど酔わないなんて、全くのでたらめじゃないか!

泥酔して足元が覚束ない吹雪を背負った俺は、1kmほど離れた吹雪の宿泊先のホテルまで難なく歩いて辿り着く。


「ん……すご〜く……きもちい……」

「………」

「この背中……だいすき……」

「………背中だけか?」

「……ううん……」

首に回っていた腕にぎゅっと力が入り、全身を擦りよせるような甘い身じろぎ。
はぁあ……と、首根っこを撫でるようなため息としなやかに絡みついてくる両脚。
極めつけの言葉に、俺は固まる。

「君のことぜんぶ……すきだよ」

足を止めたまま、しばらく動けなかった。

全部好き。ずっといたい―――酔ったこいつの呟きを真に受けるのか?

介抱を口実に吹雪を拐ってほしいままにしてしまえば、今夜だけは幾分か満たされるだろう。

ただ―――
俺が求めてるのは一夜限りの接触じゃない。もっと先、ずっと先の未来まで続く吹雪の笑顔だ。

背中から零れてくる安らかな寝息を聴きながら、俺は吹雪を大事にホテルへと送り届けた。

もちろん友達の一線を越えることなく、だ。


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